目次

- 従来のアプローチとの違い - 固有リスク要因の評価 - スペクトラム評価の実践 - 監査調書への記載方法 - 実務上のチェックポイント

従来のアプローチとの違い

2019年改訂前のISA 315では、固有リスクを「高・中・低」の3つのカテゴリーで評価するのが一般的だった。各勘定科目や取引種類について、いずれかに分類し、そのカテゴリーに応じて実証手続の性質・時期・範囲を決定する。経験上、ほとんどのチームが前期の調書をそのまま流用していた。SALYの典型。

改訂版では、離散的な分類から連続的なスペクトラムへの転換が求められる。ISA 315.31は「固有リスクが低位から高位までのスペクトラムのどこに位置するか」の評価を求めており、同一カテゴリー内での相対的な位置づけも判断の対象になった。

何が変わったか

従来は、売上高の期間帰属について「高リスク」と評価し、該当する手続を適用する。それで終わり。

現在は、売上高の期間帰属について、複雑性、主観性、変化、不確実性を個別に評価し、スペクトラム上の位置を特定する。その位置に基づいて手続を設計する。同じ「高リスク」でも、スペクトラムの上端と中央寄りでは手続が変わらなければならない。

固有リスク要因の評価

ISA 315.A130は固有リスク要因を5つのカテゴリーに分類している。

1. 複雑性(Complexity)

取引や勘定科目の処理に関する複雑さの程度。ISA 315.A131では、複雑な計算、複雑な会計処理、複雑な取引構造を例示している。

単純な現金売上は複雑性が低い。デリバティブの公正価値評価は高度な計算モデルを要するため、高い。

2. 主観性(Subjectivity)

財務報告に関する経営者の判断の程度。ISA 315.A132は、会計上の見積り、公正価値の測定、資産の減損等を例示している。

固定資産の定額法減価償却は主観性が低い。引当金の計上額決定は経営者の判断を要するため、高い。

3. 変化(Change)

企業の状況や環境の変化の程度。ISA 315.A133は、事業の変化、人員の変化、IT環境の変化等を含む。

既存業務の継続は変化が低い。新規事業への進出や主要システムの変更は高い。

4. 不確実性(Uncertainty)

将来の事象や結果に関する不確実性の程度。ISA 315.A134では、訴訟の結果、規制の変更、市場の変動等が例示されている。

確定した取引の記録は不確実性が低い。継続企業の前提に関する評価は高い。

5. その他の固有リスク要因

ISA 315.A135-A137で言及される、業界固有のリスクや不正に関連するリスク等。

スペクトラム評価の実践

固有リスクのスペクトラム評価は、以下の手順で実施する。

各要因の個別評価

5つの固有リスク要因それぞれについて、当該勘定科目または取引種類における程度を評価する。定性的な記述でも簡単な尺度(1-5等)でも構わない。

要因間の相互作用の検討

複数の要因が同時に存在する場合の相互作用を検討する。複雑性と主観性が同時に高い場合、単純な加算以上のリスクが生じる。ここが品管で一番突かれるところ。「相互作用の検討を行いました」とだけ書いてある調書は、検討していないのと同じだとレビューアーに判断される。

スペクトラム上の位置の決定

個別評価と相互作用を踏まえ、固有リスクがスペクトラム上のどこに位置するかを決定する。この位置が、後続の手続の性質・時期・範囲に直接影響する。

監査調書への記載方法

実例:田中製作所株式会社(資本金4億円、売上高120億円)

田中製作所は精密機械の製造販売を行う。2024年3月期監査において、以下の評価を実施した。

売上高の期間帰属に関する固有リスクスペクトラム評価

1. 複雑性:中程度 - 標準的な商品売上が90%、据付・調整を伴う機械売上が10% - 据付完了基準の適用には判断を要する場面が年10-15件発生

記載事項:据付完了の判定基準と実際の適用状況の乖離を検討

2. 主観性:中程度 - 据付完了時点の判定に経営者の判断が介在 - 過去3年間で売上計上時期の修正は4件(いずれも翌期への繰延)

記載事項:過去の修正履歴と判定基準の妥当性を文書化

3. 変化:低程度 - 販売条件、顧客構成に大きな変化なし - 新型コロナ影響は2023年3月期で収束、2024年3月期は安定

記載事項:前期からの変化要因の分析結果

4. 不確実性:低程度 - 主要顧客は長期取引先、回収不能の実績なし - 売上高の85%が受注から3か月以内の短納期

記載事項:回収実績と納期状況の確認

5. その他要因:中程度 - 期末近辺での売上計上圧力(予算達成のため) - 営業部門の賞与が売上高に連動

記載事項:期末カットオフ・テストの範囲拡大

総合評価: スペクトラムの中位から高位寄り(10段階で6-7程度)

対応する監査手続: - カットオフ・テストの範囲を前後2週間から3週間に拡大 - 据付完了確認書の直接入手(従来はコピーでの確認) - 期末2か月間の大口売上(1,000万円超)全件の売上計上根拠確認

実務上のチェックポイント

スペクトラム・アプローチの適用で確認すべき点を挙げる。

1. 固有リスク要因の網羅性 ISA 315.A130-A137で例示された要因がすべて検討されているか。要因の検討漏れは、リスクの過小評価につながる。

2. 評価の一貫性 類似の勘定科目間で評価基準が一貫しているか。同一チーム内での評価のばらつきは手続の不整合を生む。

3. スペクトラム位置と手続の連動 評価したスペクトラム上の位置が、実際の手続設計に反映されているか。ここが乖離している調書が一番多い。位置だけ決めて手続はSALYというパターンを品管はすぐ見抜く。

4. 記載の具体性 「高リスク」「複雑である」といった抽象的な記載ではなく、事実と理由付けが記載されているか。

5. 更新の頻度 監査の進行に伴い新たな情報を入手した場合、評価の見直しが行われているか。期中に得られた情報が反映されていなければ、評価の妥当性が損なわれる。

6. 品管への対応 調書の記載内容で、レビューアーが評価の妥当性を判断できるか。根拠が不明確な評価は、品管で差し戻される。

よくある間違い

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