目次

監査計画の基本要件

監基報300.8は監査戦略の策定を、監基報300.9は監査計画の策定をそれぞれ求めている。両者は密接に関連するが異なる目的を持つ。
監査戦略は監査の範囲、時期、方向性を決定する。リスク評価の結果を受け、監査アプローチの基本方針を設定する文書。これに対し監査計画は、戦略を具体的な監査手続きに変換する実行計画。チームメンバーが実際に実施する作業内容、時期、責任者を明記する。
監基報300.9は監査計画に含めるべき要素を8つ列挙している:
これらの要素は独立して存在するのではなく、相互に影響し合う。重要性の設定は実証手続きの範囲を左右し、リスク評価の結果は専門家の必要性を決定する。計画書の構成は、こうした相互関係を明確に示すものでなければならない。

  • 重要性の算定基準と金額の決定手続き
  • 企業およびその環境の理解と評価したリスクに対応するための実証手続きの種類、時期、範囲
  • その他の監査手続き(期首残高の検証等)
  • チームメンバーの役割分担と監督要件
  • 内部監査の利用計画
  • 専門家の利用計画
  • 監査の進行管理と品質管理手続き
  • その他の関連事項

計画書の必須構成要素

実務で使える監査計画書の構成は以下の7セクションからなる。各セクションは監基報300.9の要件を満たしつつ、監査チームが実際に使える形で整理されている。

セクション1:エンゲージメント情報


クライアントの基本情報、監査期間、チーム構成を記載する。監基報220(2022年版)のエンゲージメント・パートナーの責任に関連する情報も含める。
記載項目:

セクション2:重要性の算定


監基報320.10が求める重要性の算定過程を文書化する。単なる計算結果ではなく、判断根拠を含めて記載する。
記載項目:
重要性は監査の進行とともに見直される可能性がある。監基報320.12は完了段階での再検討を求めており、計画書にはその手続きも含める。

セクション3:リスクの識別と評価


監基報315(2019年版)に基づく企業およびその環境の理解から導かれるリスクを整理する。財務諸表項目別およびアサーション別にリスクを分析し、評価結果を記載する。
記載項目:
このセクションは監査計画の中核をなす。リスク評価の品質が後続の手続き設計に直結するため、十分な詳細度が必要。

セクション4:監査手続きの設計


評価したリスクに対応する実証手続きを設計する。監基報330.7が求めるリスク対応手続きの種類、時期、範囲を具体的に記載する。
記載項目:
手続きの記載は実行可能なレベルまで具体化する。「売掛金の実在性を検証する」ではなく「売掛金残高確認書を上位30件について発送し、回答率80%以上を目標とする」まで詳述する。

セクション5:専門家および内部監査の利用


監基報620(専門家の作業の利用)および監基報610(内部監査の利用)に基づく利用計画を記載する。
記載項目:
専門家の利用は年々重要性を増している。ITシステムの複雑化、複雑な金融商品、減損テストの高度化により、専門家なしでの監査は困難になっている。

セクション6:監査チームの構成と監督


監基報220(2022年版)の要件に基づき、チーム構成と監督計画を記載する。
記載項目:
適切な監督はチーム全体の監査品質に直結する。経験の浅いメンバーには詳細な指導が、経験豊富なメンバーには方向性の確認が中心となる。

セクション7:進行管理とマイルストーン


監査の進行管理と品質確保のためのマイルストーンを設定する。
記載項目:
明確なマイルストーンは、監査の遅延防止と品質確保の両面で重要な役割を果たす。

  • 被監査会社名、所在地、事業内容
  • 決算日、監査報告書提出予定日
  • 監査責任者、主査、チームメンバーの氏名と役割
  • 前年度監査での主要な検出事項
  • 監査契約の更新または継続の別
  • 適用した基準値(売上高、税引前利益、総資産等)
  • 適用率の決定理由
  • 質的要因による調整の有無と理由
  • 業務実施上の重要性の設定
  • 些末な虚偽表示の閾値
  • 重要な虚偽表示リスクの評価(固有リスクと統制リスク)
  • 特別な検討を要するリスク
  • 統制の理解と評価結果
  • ITに係る統制の評価
  • 財務諸表項目別の手続き一覧
  • 各手続きの実施時期(期中、期末、完了段階)
  • サンプル数の算定根拠
  • 分析的手続きの期待値設定方法
  • 重要な虚偽表示リスクへの対応手続き
  • 利用予定の専門家の分野と資格
  • 専門家の独立性評価手続き
  • 専門家への指示内容
  • 内部監査機能の評価結果
  • 内部監査の作業を利用する範囲
  • メンバー別の担当領域
  • 経験年数とスキルレベル
  • 指導および監督の頻度と方法
  • 査閲の階層と範囲
  • 困難な判断についての相談手続き
  • フェーズ別の完了予定日
  • 中間レビューの実施時期
  • クライアントからの資料入手期限
  • エンゲージメント品質管理レビューの実施予定
  • 監査報告書署名日の設定

実際の計画書例

田中製鋼株式会社(売上高85億円、従業員280名、東京都八王子市)

エンゲージメント情報


文書化ノート:継続監査。前年度は重要な修正事項なし。内部統制の不備1件(売上計上タイミング)を指摘済み。

重要性の算定


文書化ノート:安定した収益構造により税引前利益を基準値として選択。製造業の標準的適用率5%を使用。前年度からの大幅な変動なし。

手続き設計(売掛金の例)


文書化ノート:売上計上プロセスで前年度に統制不備を識別済み。実証手続きを拡大し、期末日前後テストを20件から30件に増加。

監査チーム構成


文書化ノート:鈴木は1年目のため、全作業について山田主査による事前説明と事後レビューを実施。週次の進捗確認ミーティングを設定。

マイルストーン設定


文書化ノート:クライアントの決算作業が例年5月10日完了予定。監査開始を5月15日に設定し、十分な監査期間を確保。
  • 被監査会社:田中製鋼株式会社
  • 決算日:2024年3月31日
  • 監査報告書署名予定日:2024年6月28日
  • 監査責任者:公認会計士 佐藤一郎
  • 主査:公認会計士 山田次郎(7年目)
  • チームメンバー:田中三郎(3年目)、鈴木四郎(1年目)
  • 基準値:税引前利益 650百万円
  • 適用率:5%
  • 監査上の重要性:32百万円
  • 業務実施上の重要性:24百万円(75%)
  • 些末な虚偽表示の閾値:1.6百万円(5%)
  • 期末残高確認書送付:上位20件(総額の65%をカバー)
  • 期日別残高分析:120日超延滞の個別検討
  • 期末日前後の売上計上テスト:期末5営業日の出荷記録と売上計上日の整合性確認
  • 貸倒引当金の妥当性検証:過去3年間の貸倒実績率と設定率の比較
  • 山田次郎(主査):売掛金、売上高、固定資産を担当
  • 田中三郎:買掛金、棚卸資産、費用項目を担当
  • 鈴木四郎:現金預金、その他項目を担当。山田主査の直接監督下で実施
  • 4月15日:期中監査完了、統制テスト結果の評価
  • 5月20日:実証手続き完了、分析的手続き実施
  • 6月10日:監査調書レビュー完了
  • 6月15日:エンゲージメント品質管理レビュー完了
  • 6月28日:監査報告書署名

実務チェックリスト

監査計画書の完成度を確認するための6項目チェックリスト:

  • 監基報300.9の要件充足:8つの必須要素すべてが具体的に記載されているか。「専門家を利用する」ではなく「不動産鑑定士による工場用地の評価、独立性確認済み」まで詳述。
  • リスク評価との整合性:識別したリスクに対応する手続きが適切に設計されているか。重要な虚偽表示リスクには追加手続きが計画されているか。
  • 実行可能性の確認:記載された手続きが予算時間内で実行可能か。サンプル数、確認書発送件数、分析的手続きの詳細度が現実的か。
  • チーム構成の適切性:各メンバーのスキルレベルと担当領域が適合しているか。監督体制が明確に定められているか。
  • 品質管理との整合性:事務所の品質管理基準(ISQM1対応)との整合性が保たれているか。エンゲージメント品質管理レビューの対象業務であれば実施計画が含まれているか。
  • 文書化の十分性:計画書単体で監査アプローチが理解できるか。後任の監査人が引き継げるレベルの詳細度があるか。監基報230の文書化要件を満たしているか。

よくある不備

監査計画書でよく見られる不備とその対処法:

  • 手続きの抽象性:「売掛金を検証する」レベルの記載。具体的な手続き、サンプル数、判断基準まで明記する。品質管理レビューでは「実行可能性」が問われる。
  • リスク評価との乖離:高リスクと評価した項目に対する手続きが標準的なもので終わっている。追加手続き、サンプル拡大、専門家利用等の対応策を計画に反映させる。
  • マイルストーンの非現実性:クライアントの作業スケジュールを考慮しない日程設定。決算確定前に実証手続きを完了させる等、物理的に不可能な計画は監査品質を損なう。
  • 監査計画書にリスク評価結果を記載しながら、ISA 315.26に基づく重要なリスクへの具体的な対応手続(統制テストの範囲、実証手続のタイミング)を未記載のまま承認するケース

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