目次

1. 監基報240の要求事項 2. 不正リスク要因の識別 3. 仕訳テストの実行方法 4. オーバーライドへの対応 5. 実践例:製造業での不正リスク評価 6. 実務チェックリスト 7. よくある指摘事項 8. 関連コンテンツ

監基報240の要求事項

監基報240は不正による虚偽表示に関する監査人の責任を定めている。不正リスクを識別、評価、対応することを求めるが、すべての不正を発見する義務は課していない。

基本的な責任

監基報240.11は、監査チーム内で不正による虚偽表示のリスクについて議論することを求めている。財務諸表が不正による虚偽表示を含む可能性と、虚偽表示が生じやすい領域の検討が含まれる。

監査人が実施すべき手続は以下の通りである。

不正リスク要因の識別については、監基報240.32が不正リスク要因の存在を検討するよう求めている。リスク要因は動機やプレッシャー、機会、態度や正当化の3カテゴリに分類される。

質問の実施については、監基報240.17〜22が経営者、ガバナンスに責任を有する者、監査役等への質問を求めている。不正に対する経営者の認識、不正防止プロセスの有無、不正の疑いの有無、実際に発見された不正に関する質問を行う。

分析的手続については、監基報240.23が収益認識に関連する勘定科目への分析的手続を推定で求めている。この推定は反証可能だが、反証には十分な理由が必要となる。

収益認識の特別な考慮

監基報240.26〜27は、収益認識における不正リスクを特別に扱っている。どの種類の収益、収益取引、主張に不正リスクが生じているかを評価しなければならない。

検討対象は以下である。

- 収益認識の複雑性 - 収益を過大に計上する経営者のプレッシャー - 期末付近の異常な取引 - 関連当事者との収益取引

不正リスク要因の識別

不正リスク要因は監基報240の付録1に詳細に列挙されている。不正が発生する可能性を高める事象や状況を示すものである。

動機やプレッシャー

財務上のプレッシャーとしては、業界や経済環境の悪化、金融機関・債権者からの過度のプレッシャーが挙げられる。

非財務上のプレッシャーとしては、アナリストの期待を満たすプレッシャーや借入契約の財務制限条項への抵触可能性がある。経営者報酬が財務業績に連動している場合も該当する。

機会

内部統制の弱さとしては、経営者による監視の不足やIT統制の不備が挙げられる。

業界特有の機会としては、見積もりへの依存度の高さや関連当事者取引の多さがある。

態度や正当化

経営者の態度面では、内部統制への軽視や監査人の提案に対する不合理な抵抗が見られる場合に注意が必要となる。

これらの要因は単独で不正の存在を示すものではない。被監査会社の理解と組み合わせ、不正リスクを示唆する指標として評価する。

仕訳テストの実行方法

監基報240.32は、オーバーライドに対応するため仕訳テストの実施を求めている。不正による財務諸表操作を発見するための手続である。

経験上、仕訳テストは「やったことにする」監査チームが多い。SALY(前年同様)で同じ抽出条件をコピーし、形式的にテストを回す。だがCPAAOBはその形式的な対応を見抜いている。

テスト対象の選定

高リスク仕訳の識別基準は以下の通りである。

- 期末や期中の異常な時期に計上された仕訳 - 異常な勘定科目の組み合わせを含む仕訳 - 通常とは異なる承認プロセスを経た仕訳 - 根拠資料が不十分な仕訳

監基報240.A42は、仕訳母集団が大量の場合にコンピュータ支援監査技法の使用を提案している。手作業でサンプルを抽出する場合は以下の特徴を持つ仕訳に注目する。

- 売上や費用の期末調整仕訳 - 見積もりや判断を含む仕訳 - 現金勘定を含む仕訳 - 関連当事者勘定を含む仕訳

テスト手続

選定した各仕訳について以下を実施する。

1. 根拠資料の確認(請求書、契約書、承認書類等) 2. 仕訳の妥当性と会計基準への適合性の評価 3. 承認プロセスの検証 4. 関連する内部統制の整備・運用状況の確認

異常項目が見つかった場合は追加調査を行う。説明が不十分または矛盾する仕訳、通常の業務プロセスと整合しない仕訳が対象となる。

文書化の要求事項

監基報240.44は以下の文書化を求めている。

- 不正による虚偽表示のリスクに関する監査チームの議論 - 識別された不正リスク要因 - 実施した仕訳テストの性質、時期、範囲 - 特定された異常項目とその調査結果

調書には「なぜこの仕訳を選んだか」の根拠を残す。選定理由のない仕訳テスト調書は、CPAAOBの検査で真っ先に指摘される。

オーバーライドへの対応

監基報240.31は、経営者がコントロールを無効化する可能性があることを前提として、これに対する手続の実施を求めている。

推定される特別なリスク

収益認識について、監基報240.26は不正リスクを推定される特別なリスクとして扱う。反証できるのは以下の場合に限られる。

- 収益認識が単純で議論の余地がない - 財務業績に関する外部からのプレッシャーが限定的 - 不正リスク要因が最小限

本音を言うと、「売上は単純だから」で反証を通そうとするチームは多いが、CPAAOBはそれを認めない。業界特性と経営者のプレッシャー、過去の修正履歴、収益構造の複雑性を具体的に検討した調書が必要である。

経営者の見積もりにおけるバイアスについても、意図的なバイアスが含まれていないか評価しなければならない。

対応手続

予測可能性の排除として、以下を実施する。

- 実証手続の性質、時期、範囲に予測不可能な要素を組み込む - 通常は実施しない監査場所での手続の実施 - 監査の一部を事前に通知しない

仕訳テストと見積もりの監査については、期末日後の仕訳も選定対象に含める。経営者の見積もりプロセスの妥当性を評価し、過年度の見積もりと実績値の比較分析を行う。

実践例:製造業での不正リスク評価

田中精密工業株式会社(年商85億円、従業員320名、主要製品:自動車部品)での不正リスク評価を例に、監基報240の適用方法を見る。

監査チームでの議論

監査チームは計画段階で不正リスクについて議論した。主な検討事項は以下の通りである。

文書化ノート:調書の「不正リスク議論」セクションに参加者と日時、議論内容を記録

- 業界環境:自動車業界の原材料費上昇と受注価格の下落圧力 - 経営者のプレッシャー:銀行借入の財務制限条項(自己資本比率25%以上) - 内部統制の評価:小規模組織特有の職務分離の限界

不正リスク要因の識別

動機・プレッシャーとして識別されたのは以下の3点である。自己資本比率が26.2%と財務制限条項に近い水準にある。前期比で営業利益率が1.8%低下している。経営者賞与が利益目標の達成度に連動している。

文書化ノート:不正リスク要因チェックリストを使用し、該当項目に具体的な状況を記録。SALYで前年の調書をそのまま使わず、当期固有の状況を反映させる

機会として識別されたのは以下である。期末在庫の評価に経営者の判断が大きく影響する点、関連会社(田中商事株式会社)との取引が売上の12%を占める点、ITシステムの管理者権限が経理部長に集中している点。

態度・正当化の面では、監査人の内部統制改善提案に対する消極的な反応と、「中小企業に大企業並みの統制は現実的でない」との発言が記録された。

特別なリスクの識別と対応

収益認識のリスクとして、関連会社向け売上で出荷基準と検収基準の混在が判明した。監基報240.26の推定に基づき特別なリスクとして識別。

文書化ノート:リスク識別調書に根拠条文(監基報240.26)とリスクの性質、評価されたリスクの程度を記載

対応手続は以下の通りである。

1. 期末前後3日間の出荷記録と売上計上の詳細突合 2. 関連会社との取引条件の再確認 3. 売上計上基準の一貫性についての追加質問

仕訳テストの実施

選定基準は3つ設定した。金額基準として個別500万円以上。リスク基準として現金、売上、関連会社勘定を含む仕訳。時期基準として期末月および期末日後修正仕訳。

文書化ノート:仕訳テスト調書に選定理由、テスト手続、結果、結論を段階的に記録

38件の仕訳をテストした結果、3件で追加調査が必要となった。

- 関連会社向け売上仕訳(2,400万円):検収書の日付に疑義 - 棚卸資産評価損戻入仕訳(800万円):評価根拠の追加確認が必要 - 期末修正仕訳(300万円):承認プロセスの不備

調査の結果、会計処理の修正が必要な項目はなかったが、内部統制の改善提案を行った。

実務チェックリスト

以下のチェックリストで監基報240への準拠を確認する。

1. 計画段階での検討

- [ ] 監査チームで不正リスクについて議論し、結果を文書化 - [ ] 不正リスク要因を体系的に検討し、該当項目を特定 - [ ] 収益認識における不正リスクを評価し、特別なリスクか判断 - [ ] 監基報240.17〜22に基づく質問項目を準備

2. リスク評価手続

- [ ] 経営者、ガバナンス責任者、監査役等への質問を実施 - [ ] 収益に関する分析的手続を実施(監基報240.23) - [ ] 不正に関連する可能性のある異常な関係や変動を調査 - [ ] 内部統制の理解において不正リスクの観点を組み込み

3. リスク対応手続

- [ ] 特別なリスクについて実証手続を立案・実施 - [ ] オーバーライドに対応する手続を実施 - [ ] 仕訳テストを十分な範囲で実施 - [ ] 予測不可能な要素を監査手続に組み込み

4. 文書化と評価

- [ ] 不正リスクの識別、評価、対応を調書に文書化 - [ ] 仕訳テストの選定基準、実施手続、結果を記録 - [ ] 監査意見に与える影響を評価

監査終了時に、監基報240.40〜43の結論要求事項をすべて満たしているか確認する。不正の疑いがある場合は監基報240.35〜37に従って対応する。

よくある指摘事項

品質管理レビューで頻繁に指摘される監基報240関連の問題点を挙げる。

仕訳テストの範囲不足。金額基準のみでサンプルを選定し、リスクの高い仕訳の特徴を考慮していないケースが目立つ。監基報240.A42で示された選定要因(異常な勘定科目の組み合わせ、通常と異なる時期等)を見落とす現場は少なくない。

収益認識リスクの評価不備。監基報240.26の推定される特別なリスクを反証する根拠が不十分な調書が多い。「売上は単純」との結論だけでは反証にならない。業界特性と経営者のプレッシャー、過去の修正履歴等の具体的な検討が必要となる。

不正リスク要因の形式的な検討。チェックリストに印を付けるだけで、被監査会社固有の状況分析が不足している調書。リスク要因の存在だけでなく、それが不正による虚偽表示のリスクにどう影響するかの評価まで踏み込まなければ、CPAAOBの検査で指摘される。

関連コンテンツ

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