監基報240.29の要求事項と討議の目的

基本要求事項

監基報240.29は、不正による重要な虚偽表示のリスクについて、監査責任者を含む監査チームのメンバー間で討議するよう監査人に求めている。目的は、チーム全体で職業的懐疑心を共有し、個々のメンバーの気付きを統合することにある。

討議は計画段階で実施する。ただし監査の進展に伴って新しい情報を入手したときは、追加の討議を行う。監基報240.A33は、メンバーが自由に意見交換できる雰囲気を作るよう促している。

なぜ討議が機能するのか

監査責任者が単独でリスクを評価する場合と比較して、チーム討議には2つの効果がある。ひとつは、現場での実際の観察が引き出されること。もうひとつは、異なる専門性を持つメンバーの視点が重なることだ。討議を省略すれば、チーム内で不正リスクの認識が揃わず、リスク対応手続に抜けが出る。複数拠点で実施する監査業務では、各現場チームが独立してリスク評価を行うと、全社にまたがる循環取引のようなスキームを見落としやすい。

ブレストと呼びつつ、実際はパートナーが前年の不正リスクを読み上げて終わるのが、うちの事務所でもしばらくの間の姿だった。メンバーは黙ってうなずき、議事録ができる。これは誰も楽しめる作業ではない。変えるには、討議の前段階で何が起きているかを見直す必要がある。

討議の準備と進行

討議前の準備作業

経験上、討議の質は事前準備で決まる。監査責任者は3つの作業をしておく。前年度の調書から識別された不正リスクと対応手続の結果を整理する。業界における不正事例やCPAAOBの指摘事項に関する最新情報を収集する。メンバーの経験レベルと専門分野を踏まえ、進行計画を組む。

準備段階では、クライアントの内部統制の概要と前期からの変更点も確認する。経営陣の交代、報酬制度の変更、業績評価指標の見直しなど、不正の動機に関連する要因の変化に注意を払う。

討議の進行手順

討議の流れはこうなる。まず、監査責任者が目的と進め方を説明し、メンバーが自由に発言できる雰囲気を作る。次に、クライアントの事業環境と内部統制の現状について情報を共有する。その後、不正リスクの具体的な検討に入る。

検討は3つの観点から実施する。第一の観点は「何が起こりうるか」。売上の過大計上、架空取引の計上、経費の付け替えなど、具体的な不正手法を挙げる。第二の観点は「どこで起こりうるか」。売掛金、棚卸資産、固定資産など、不正が生じやすい勘定科目を特定する。第三の観点は「誰が関与しうるか」。経営陣主導、従業員主導、外部者との共謀など、実行者の類型を検討する。

メンバーの参加を引き出す

経験の浅いメンバーが発言できるよう、監査責任者は質問形式で意見を引き出す。「現場で違和感を感じた取引はありますか」「前年と比較して変化に気づいた処理はありますか」といった質問から、実際の観察に基づく気付きが出てくる。

専門分野に応じて発言を促すことも欠かさない。IT監査の担当者には情報システムの統制上の弱点を、税務担当者には税務処理の妥当性を、それぞれの視点から質問する。

実践例:田中商事株式会社の討議実施

企業概要: 田中商事株式会社(売上高85億円、従業員320名、建設資材卸売業)の監査業務において、監査責任者の佐藤CPA、監査マネージャーの山田氏、シニアアソシエイトの鈴木氏、アソシエイトの高橋氏の4名でフラウドブレインストーミングを実施。

Step 1:環境要因の検討 前年度と比較して建設需要が20%減少、競合他社の価格攻勢により利益率が3%低下。経営陣は株主に対して前年並みの業績維持を約束している状況。

文書化ノート:討議議事録に「業績圧力:売上減少傾向の中で前年並み利益の維持約束、利益率低下による収益性悪化」と記録

Step 2:具体的不正手法の洗い出し 売上計上の前倒し(期末直前の架空出荷伝票作成)、仕入債務の過少計上(検収遅延による費用の翌期繰延)、棚卸資産の過大評価(不良在庫の評価減見送り)の3つのスキームを識別。

文書化ノート:「識別されたスキーム:期末カットオフ操作(売上)、債務の過少計上(仕入)、資産の過大評価(棚卸資産)」と記録

Step 3:統制環境の評価 経理部門の牽制体制を検討。月次決算は経理課長が単独で実施、取締役会への報告は社長と経理担当取締役のみで協議。外部監査人への対応も経理担当取締役が一括して行っている。

文書化ノート:「統制上の懸念:経理部門の独立性不足、意思決定の集中、外部監査人との接触制限」と記録

Step 4:リスク対応手続への反映 期末売上のカットオフテストを拡大(サンプル数を50件から80件に増加)、仕入債務の網羅性テストとして期末から2週間後までの支払記録との突合を実施、棚卸立会時の不良在庫確認手続を強化する方針を決定。

文書化ノート:「決定事項:カットオフテスト拡大(n=80)、債務網羅性テスト追加、棚卸立会手続強化」と記録

討議の結果、田中商事の監査では売上計上プロセス、債務認識プロセス、棚卸資産評価プロセスの3領域で不正リスクが特別な検討を要するリスクとして評価され、それぞれに対応する実証手続を計画した。

監査実務で使える討議チェックリスト

1. 討議の実施時期と参加者の確認: 監査計画の策定前に実施し、監査責任者を含む全チームメンバーが参加する 2. 不正の動機・機会・姿勢の3要素を検討: 監基報240.A25に基づき、クライアント固有の環境要因から不正リスクの存在を評価する 3. 具体的な不正手法を特定: 「売上の過大計上」ではなく「期末直前の架空出荷」レベルまで詳細化する 4. 統制上の弱点と不正スキームの関連付け: 内部統制の不備が特定の不正手法を可能にするメカニズムを明確にする 5. 討議結果の監査手続への落とし込み: 識別されたリスクに対応する具体的な実証手続を決定し、監査計画に反映する 6. 討議内容の調書化: 参加者、討議日時、検討事項、結論を記録し、後続の品質管理レビューに耐える水準で残す

よくある文書化の不備

討議の記録が形式的: 「不正リスクについて討議を実施した」という記述のみで、具体的な検討内容や結論が記録されていない(CPAAOB検査で指摘頻度が高い) • 参加者の記録不備: 討議に参加したメンバーの氏名と役職が明記されておらず、監査責任者の関与が確認できない • リスク対応手続との連携不足: 討議で識別されたリスクが監査計画の実証手続に反映されていない、または討議結果と実施手続の関連性が不明

関連情報

- 不正リスク評価の用語集: 監基報240で使用される専門用語の定義と実務上の解釈 - 監基報240不正リスク評価ツール: 討議の進行と文書化を支援する実践的なワークシート - 内部統制の評価と文書化: 不正リスクの背景となる統制環境の評価方法

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