スコープ3排出量推定ツール:日本向け実装ガイド | ciferi
このページは、日本の監査実務者がスコープ3排出量の推定を実行する際の基準と実務的なアプローチを示すものです。本ツールはGHGプロトコルに準拠した排出量係数を提供し、日本の監査基準および国際基準に沿った証拠書類を作成できます。...
はじめに
このページは、日本の監査実務者がスコープ3排出量の推定を実行する際の基準と実務的なアプローチを示すものです。本ツールはGHGプロトコルに準拠した排出量係数を提供し、日本の監査基準および国際基準に沿った証拠書類を作成できます。
スコープ3排出量の監査は、日本国内の企業にとってますます重要になっています。国際的な投資家圧力、金融庁の監督、そして一部の上場企業に対する任意開示要求により、企業は自らのバリューチェーン全体にわたる排出量を測定・報告する必要があります。
日本における規制環境
金融庁と上場企業
金融庁は、プライム市場に上場する企業に対し、気候変動関連の財務情報開示(TCFD)に準拠した情報公開を期待しています。スコープ3排出量は、多くの企業にとって総排出量の80%以上を占めるため、物質的(マテリアル)な情報開示項目です。金融庁の上場企業規則では、スコープ3開示のない気候関連報告は、根拠に欠けるものとみなされます。
サステナビリティ基準委員会(日本版ISSB基準)
日本の企業会計基準委員会(ASBJ)はISSBの国際基準S2(気候関連開示)を参考に、日本版のスコープ3開示要件を検討しています。これらの基準は、スコープ3の15カテゴリーのうち、どれが企業にとって物質的であるかを特定し、それぞれについて活動ベース(Activity-based)または支出ベース(Spend-based)の方法論で定量化することを求めています。
国際的な期待値
日本企業、特に製造業と流通業の企業は、欧州の親会社がCSRD(企業サステナビリティ報告指令)の対象である場合、スコープ3開示が必須となります。ESRS E1(気候変動)はスコープ3の報告を義務付けており、子会社のデータが親会社の連結報告に組み込まれます。
日本における排出係数と実務的ガイダンス
推奨される排出係数のソース
日本企業がスコープ3を推定する場合、以下のソースを推奨します。
カテゴリー1(購入商品・サービス): 支出ベース法を適用する場合、環境省が公開している「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量の算定にかかるガイダンス」の産業別排出係数を使用します。これは業種別・企業規模別の排出強度(単位売上あたりのCO2排出量)を提供しています。より正確な推定には、購入品目の質量(トン)またはエネルギー量(kWh)などの活動量ベースデータを用いた係数を適用します。
カテゴリー3(燃料・エネルギー関連活動): 日本全体の電力グリッドの排出係数は、環境省・経済産業省が毎年公開します。2023年度の係数はおよそ0.505 kg CO2e/kWh(ロケーション基準)です。これは原子力発電所の再稼働状況、再生可能エネルギーの導入率によって年次で変動します。企業が特定の電力小売業者から購入している場合、その電力小売業者が公開している排出係数(マーケット基準)を使用することで、より正確な推定が可能です。
カテゴリー4・9(輸送・配送): 陸上輸送(トラック、鉄道)および海上輸送については、環境省の「温室効果ガス排出量算定・報告マニュアル」に記載されている係数を使用します。トラック輸送はトン・キロメートルあたり0.107 kg CO2e程度、鉄道は0.028 kg CO2e程度が目安です。国際海上輸送についても係数が定められており、大型船舶による海上輸送は相対的に低い排出強度を示します。
カテゴリー5(操業から発生する廃棄物): 廃棄物の処理方法(埋立地、焼却、リサイクル、コンポスト化)に応じて異なる係数が適用されます。焼却は埋立てよりも低い排出係数を持つ傾向があります。日本の場合、埋立地からのメタン発生を考慮した係数が環境省により提供されています。
カテゴリー6(出張): 航空機利用による排出量は、フライト距離(短距離・長距離)およびキャビンクラスに応じた係数を使用します。日本発の国際線と国内線では係数が異なります。国内線短距離(例:東京−大阪)の場合の係数と、国際線長距離(例:東京−シドニー)の係数を区別して適用することが重要です。
カテゴリー7(従業員通勤): 従業員一人あたりの年間通勤排出量は、通勤距離の平均値、利用交通機関(自動車、鉄道、バス)、およびEV(電気自動車)の導入率に基づいて推定されます。大都市圏では公共交通利用率が高いため、地方企業よりも一人あたりの通勤排出量は低くなる傾向があります。
日本の企業における監査上の留意点
スコープ3推定の精度レベル
日本の監査実務では、スコープ3排出量の推定精度に関する検証が進んでいます。金融庁が上場企業を対象に実施した気候関連開示のモニタリングでは、以下の点が頻繁に指摘されています。
スコープ3の報告数値が、どのカテゴリーを含み、どのカテゴリーを除外しているかが明確に記載されていないケースが多くあります。15のカテゴリーすべてが企業にとって物質的とは限りませんが、除外したカテゴリーとその根拠は明示すべきです。
また、推定値と実測値の混在率をあきらかにすることが求められています。購入商品の排出係数が統計的な平均値(support-based)なのか、当該サプライヤーから取得した実測データ(supplier-specific)なのか、その割合を開示することで信頼性が向上します。
年度間の推移の説明
前年度と比べてスコープ3が増減した場合、その原因が活動量の変化(売上増加、販売量増加など)であるのか、排出係数の変更(別のデータベースへの切り替え)であるのか、または実際の排出削減(サプライヤー変更、輸送効率化など)であるのかを明確に説明する必要があります。単に「スコープ3が5%削減された」という報告では、監査人は その減少が本当の環境改善を反映しているのか、単なるデータ方法論の変更なのかを区別できません。
スコープ3カテゴリー別のアプローチ
カテゴリー1:購入商品・サービス
このカテゴリーは、多くの製造業およびサービス業にとって最大の排出源です。株式会社東海製作所(愛知県名古屋市、自動車部品製造)が年間3.2億円の外部委託加工費を支出している場合、環境省の産業別係数(機械部品加工業)が0.48 kg CO2e/€当たりの係数を示しているとします。計算は次の通りです。
年間外部加工費 3.2億円、係数 0.48 kg CO2e/円相当(※支出ベース)、排出量 = 3.2億円 × 0.48 = 1,536万kg CO2e。
この計算は環境省ガイダンスに基づき、企業の加工発注明細と請求書で検証される。
より正確な推定を目指す場合、購入品目の種別ごとに個別の係数を適用します。例えば、アルミニウム部品(係数が高い)と樹脂部品(係数が低い)は別々に計算します。
カテゴリー3:燃料・エネルギー関連活動
企業が購入電力に対して金銭的コストを支払った場合、その上流排出(Well-to-Tank emissions)を計算します。日本の標準的な係数は、電力生成から需要地までの送配電ロス、および発電に際する燃料採掘・精製段階を含めたものです。
2023年度係数(環境省):0.025 kg CO2e/kWh(上流排出)
購入電力量が50万kWh/年の場合、排出量 = 50万 × 0.025 = 12,500 kg CO2e。この計算は電力会社の検針票により裏付けられます。
カテゴリー4・9:輸送・配送
関西物流株式会社(大阪府大阪市)が年間100万トン・キロメートルの商品輸送を実施している場合、トラック利用のシェアが80%、鉄道が15%、海上が5%であるとします。
計算:
運送業者の請求書および積載実績データで検証される。
カテゴリー5:廃棄物処理
九州建設合同会社(福岡県福岡市)が年間500トンの建設廃棄物を発生させ、そのうち60%が埋立地処分、30%がリサイクル、10%が焼却であるとします。
係数(環境省):埋立て 586 kg CO2e/トン、リサイクル 21.3 kg CO2e/トン、焼却 21.3 kg CO2e/トン
計算:
廃棄物処理業者の処理実績報告書および契約内容で検証される。
カテゴリー6:出張
大手メーカーの東京本社から、以下の出張が発生したとします。
係数(環境省・DEFRA参考値):
推定距離:
排出量:
旅行手配会社の記録および経費精算システムで検証される。
カテゴリー7:従業員通勤
東京都内のサービス業企業(従業員500人)の場合、平均的な通勤距離は約20km、利用交通機関は鉄道75%、自動車20%、バス5%です。
年間営業日数 230日とします。
係数(環境省):
計算:
人事部の勤務地別従業員数、交通系ICカード利用データ(鉄道・バス)、駐車場利用記録(自動車)で検証される。
- トラック: 80万トンkm × 0.107 kg CO2e/トンkm = 85,600 kg CO2e
- 鉄道: 15万トンkm × 0.028 kg CO2e/トンkm = 4,200 kg CO2e
- 海上: 5万トンkm × 0.016 kg CO2e/トンkm = 800 kg CO2e
- 合計: 90,600 kg CO2e
- 埋立て: 300トン × 586 = 175,800 kg CO2e
- リサイクル: 150トン × 21.3 = 3,195 kg CO2e
- 焼却: 50トン × 21.3 = 1,065 kg CO2e
- 合計: 180,060 kg CO2e
- 国内短距離フライト(東京−大阪往復):年間50便、1便あたり2人利用
- 国際線長距離フライト(東京−シドニー往復):年間20便、1便あたり2人利用
- 国内鉄道(東京−名古屋往復):年間100回、1回あたり2人利用
- 国内短距離: 0.156 kg CO2e/乗客km
- 国際線長距離: 0.195 kg CO2e/乗客km
- 鉄道: 0.035 kg CO2e/乗客km
- 国内短距離(東京−大阪往復):約800km、50便 × 2人 × 800km = 80,000乗客km
- 国際線長距離(東京−シドニー往復):約8,000km、20便 × 2人 × 8,000km = 320,000乗客km
- 国内鉄道(東京−名古屋往復):約360km、100回 × 2人 × 360km = 72,000乗客km
- 国内短距離: 80,000 × 0.156 = 12,480 kg CO2e
- 国際線長距離: 320,000 × 0.195 = 62,400 kg CO2e
- 国内鉄道: 72,000 × 0.035 = 2,520 kg CO2e
- 合計: 77,400 kg CO2e
- 鉄道: 0.018 kg CO2e/乗客km
- 自動車(平均車両): 0.171 kg CO2e/乗客km
- バス: 0.025 kg CO2e/乗客km
- 鉄道利用者: 500 × 0.75 = 375人、毎日20km往復40km、年間 375 × 40 × 230 = 3,450,000乗客km、排出量 = 3,450,000 × 0.018 = 62,100 kg CO2e
- 自動車利用者: 500 × 0.20 = 100人、毎日40km、年間 100 × 40 × 230 = 920,000乗客km、排出量 = 920,000 × 0.171 = 157,320 kg CO2e
- バス利用者: 500 × 0.05 = 25人、毎日40km、年間 25 × 40 × 230 = 230,000乗客km、排出量 = 230,000 × 0.025 = 5,750 kg CO2e
- 合計: 225,170 kg CO2e
監査実務での検証手続
方法論の一貫性確認
スコープ3の推定値が前年度と比較して大きく変動した場合、その原因を特定することが重要です。以下の確認を行います。
排出係数のソースが変更されていないか(例:DEFRA係数からEXIOBASE係数への切り替え)、活動量データの集計範囲が一貫しているか(例:当初は子会社を含めていなかったが、翌年度から含めた)、計算式が誤って変更されていないかを確認します。
支出ベース係数の適用根拠
購入商品・サービスのカテゴリーで支出ベース法を採用している場合、その購入品目が産業別分類コードにより適切にマッピングされているか確認します。例えば、加工部品の発注は「機械部品製造」に分類されるべきですが、これが「一般的な製造」に誤分類されていないかをチェックします。
物質性の考慮
15のスコープ3カテゴリーのうち、企業にとって物質的なカテゴリーはどれであるかを明確にします。例えば、不動産企業にとってはカテゴリー8・13(リースされた資産)が重要ですが、小売業にはそれほど重要ではないかもしれません。除外したカテゴリーについては、その除外根拠をファイルに記載すべきです。
よくある誤りと対応
誤り1:スコープ3の境界が不明確
多くの企業が、スコープ3に含まれるカテゴリーを明示していません。
対応:報告書に「スコープ3排出量には、カテゴリー1(購入商品)、カテゴリー4(上流輸送)、カテゴリー7(従業員通勤)を含む。カテゴリー2、6、11−15は物質的でないため除外した」という記述を追加します。
誤り2:推定値と実測値の混在比率が不開示
一部のデータは実際のサプライヤー報告に基づき、一部は推定係数に基づいている場合、その割合が明記されていません。
対応:「カテゴリー1のうち、実測データ(サプライヤーから取得)に基づくもの60%、統計的平均係数に基づくもの40%」と開示します。
誤り3:排出係数の年次更新が遅延
環境省は毎年新しい排出係数を公開しますが、企業が前年度の係数をそのまま使用していることがあります。
対応:報告書に「2023年度の排出係数は環境省の2024年度公開係数を使用した」と明記します。毎年度、係数を更新することが原則です。
誤り4:ウェルツゥタンク(Well-to-Tank)排出の軽視
カテゴリー3で、ガソリン・ガスの購入に対する直接的な排出(Scope 1)のみを計上し、抽出・精製・輸送段階の排出を含めていません。
対応:カテゴリー3には、購入燃料の上流排出を必ず含めます。これは総Scope 3の10%~20%に相当します。
関連リソース
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- 金融庁サステナビリティ基準委員会ガイダンス
- 監査基準報告書320:重要性の監査適用
- CSRD報告実装:日本子会社向け
- スコープ1・2排出量の監査